買物困難者対策の長期的展望

公益財団法人流通経済研究所
主任研究員 折笠 俊輔

 公益財団法人流通経済研究所では、農水省の補助を受け、数年間にわたり、買物困難者(買い物弱者、買い物難民)問題に取り組んでいる。

 今までの事業の詳細は、買物支援の専用サイトを参照頂きたいが、本コラムでは、買物困難者問題の長期的展望について、テクノロジーとビジネス視点で考えてみたい。

 買物困難者問題の本質は、「小売業のビジネスが成立しない商圏において、採算性を考慮した対策を実施しないといけない点」にある。そして、小売業のビジネスが成立しない理由は、高齢化などにともなって、顧客が店舗に来て、自分で商品を選び、ピッキングして会計をする、というセルフサービス的な買い物ができなくなったこと、そして商圏内の人口が少なく、かつ密度が低いことにある。

 そのため、現在の主な対策は、①その商圏に店をつくる、②店舗まで顧客を送迎する、③商品を顧客まで届ける、④お店ごと顧客に接近する(移動販売等)に集約される。

 いずれの取組みにしろ、最も難しい問題はその採算性にある。一般的な小売業の粗利率は20~30%である。1000円の買物で小売業が得られる粗利は200~300円だ。その中で、家まで届けたり、バスを出したり、移動販売を行ったり、店舗を維持していったりする人件費や燃料費、車両費といったコストをペイしていかねばならない。セルフサービスであれば発生しないコスト、つまり顧客が自ら来店して商品を購買する移動コストや作業コストが販売者側に発生するため、採算性が悪くなる。

 こうした買物困難者問題への現在取りうる対策方法については、流通経済研究所で引き続き研究を実施し、成果を公表していく予定である。当然、研究の中では、買物支援、買物困難者対策における採算性の確保を重要なテーマに置く。

 しかし、本稿で考えたいのは、20年後、30年後の未来である。買物困難者対策は20年後も30年後も社会的問題となっているだろうか。個人的な見解を述べれば、ノーである。長期的な視点に立てば、買物困難者対策は、ビジネスになっていると考えられる。

 その理由として、ここでは大きく2つの可能性を提示しよう。

 ひとつは、高齢者の世代の変遷である。どういうことかと言うと、現在の80歳と20年後の80歳は世代が異なる、ということである。現在の80歳の高齢者ではインターネットの利用が難しい方も多い。それは操作だけではなく、家庭内にインターネットと接続するためのインフラを整備する、と言う意味でもハードルが高いものとなっている。しかし、20年後の80歳は、現在60歳であり、彼らは仕事やプライベートでインターネットを使ってきた世代でもある。そのため、20年後の80歳は現在の80歳よりも、インターネットなどを使った買物に対してのハードルが低いと考えられる。水が無ければAMAZONでペットボトルをケースで注文できる世代が80歳になることで、買物困難者問題は、ECサイト、ネットスーパー等における高齢顧客の取り合い、というビジネスフィールドに変わるのである。

 もうひとつは、新しいテクノロジーの発展である。警察庁では先日、自動車における自動運転の実証実験に向けたガイドラインを策定した。高い精度で自動運転が現実化すれば、トラックで商品を配送するコストや、店舗まで顧客を送迎するコストが小さくなるばかりか、場合によっては、高齢者がハンドルを握ることなく、車両に乗り込み、目的地を設定するだけで、行きたい場所にいけるようになる。

 他にも、ドローンによる配達なども、AMAZON等の大手ECサイトで実験されている。対象者の家まで、ドローンで商品を運搬することができるようになれば、配送にかかる人件費などを大きく圧縮することができるだろう。また、サイバーダイン社などが開発を進めている身体機能を補うウェアラブルなデバイス(パワースーツ・ロボットスーツ)が汎用化し、コストが下がれば、足の悪くなった高齢者でも、歩いて買い物にいけるようになるかもしれない。

 こうした新しいテクノロジーには、もちろん法整備や安定運行のための技術向上、保険の整備といった課題が実現化に向けて山積しているが、自動運転やドローン、ロボットスーツ等については、完全な「夢物語」では無くなってきている。20年後~30年後を見越したとき、こうした技術が実用化され、コモディティ化していれば買物困難者問題だけではなく、いわゆる交通弱者問題も、社会問題からビジネスニーズに変化しているだろう。

 では、現在の買物困難者への対策は、そういった技術が確立するまでの、あるいはインターネットを使える高齢者の割合が高まるまでの“つなぎ”なのであろうか。

 そうではない。現在、買物困難者対策に取り組むことは、地域内における連携の強化、コミュニティの育成、サプライチェーンの効率化、新しいビジネス創出に取り組むことと同義であり、こうした取り組みで得られたノウハウや物的、人的なネットワークは、テクノロジーが発展した将来のビジネスにおいても、競争差別化要因として十分機能するだろう。つまり、今、買物困難者対策に取り組むということは、テクノロジーが発展していく将来の流通を見越した布石なのである。